被爆の跡 一本柱鳥居 長崎 [旅]
長崎の原爆落下中心地の近くに「山王神社」があり、
そこには原爆が落とされたときの傷跡が残っています。
一本柱鳥居
山王神社には当時四つの鳥居があり、原爆投下により、一の鳥居は原型のまま、二の鳥居は
左半分が吹き飛ばされ、三の鳥居と四の鳥居は全壊しました。
一の鳥居は、昭和三十七年の交通事故により倒壊してしまい、被災の跡を語り継ぐのは
二の鳥居のみになりました。
被災後の二の鳥居のプレート写真
一の鳥居跡
倒壊した鳥居
また、山王神社境内入り口には2本のクスノキがあり、樹齢約500~600年で、それぞれ幹周りが
8mと6m、高さ21mと17mあります。
原爆の被災後、枯れ木同然になってしまったそうですが、約2年後に奇跡的に新芽が育ち、
樹勢(樹木の生育状態)がまして、今日まで長崎の街を見続けています。
向かって左のクスノキ
向かって右のクスノキ
だんだんと昭和の記憶が薄れていく中、ここを訪れてみて、今だなくならい、紛争、武力介入
あくなき兵器開発、確かにその過ちがあるとわかっているのに、その歴史を繰り返す行為に
やりきれなさを感じます。
国を指導する立場にある人、命令を下す人は、その力を行使しようと思ったとき、
もっともつらく悲しい思いをするのは一般市民であることを肝に銘じて欲しい。
そして、大国は、今、この時も行われている行為に対して、その武器供給の元になっていることを
わかって欲しいと思います。
この記事は、ちょっと驚きました。
倒壊した鳥居が、むき出しの状態も
凄いですね。
by (2007-10-06 08:16)
大事な事ですね。
生命力の強さにも驚きました。
いつか見に行きたいです。
by kan (2007-10-06 11:08)
40年以上倒壊したものが残されているというのは驚きですね。(@@;
戦争は何も良い物を生み出さないのに、一部のエゴを満足させるために
多くの命が奪われていく事は許されない事ですよね。
by moonrabbit (2007-10-06 17:24)
悪夢を思い出したくない地元の人たちの気持ちを考えると複雑ですが、こうして後世に事実を語り伝えていくことも大事ですよね。。。
「仕方が無かった」なんて発言するお偉いさんの気持ちがいまだ理解できませんね。
by ☆エリー♪☆ (2007-10-06 17:45)
やはりクスノキは丈夫ですね。
by (2007-10-06 18:50)
一本柱鳥居が多くをものがたっているようです。
by 袋田の住職 (2007-10-06 20:00)
クスノキの生命力に驚きましたが、倒壊した鳥居がその状態で残されていることには、更に驚きました。
by (2007-10-06 20:47)
原爆に負けないクスノキ
生命の息吹を感じますね。
by (。・_・。)2k (2007-10-07 00:29)
絶対に忘れてはならない、記憶ですね♪
どうか二度と戦争が起こりませんように★
by took (2007-10-07 07:16)
こういう傷跡はしっかりと次の世代に伝えていかないといけませんね。
by にっしぃ (2007-10-07 14:46)
観光客の行かないような長崎大学病院の裏手に、傾いた門柱というのも
あります。隠れた原爆史跡ですね。ちょっと、トリビアネタでした。
by 春分 (2007-10-09 18:52)